パワハラで訴える相手は加害者個人か会社か:責任の種類を整理
パワハラで訴える相手は、加害者個人、会社、またはその両方から選べます。加害者個人には民法709条の不法行為責任を、会社には民法715条の使用者責任や、労働契約法5条の安全配慮義務を根拠とする責任を問う、という考え方が一般的です。ただし、どの手段を使うかで選べる相手が限られ、労働局の手続きと労働審判は会社しか相手にできません。この記事は、責任の種類と手段ごとの相手を整理するもので、個別の事案で誰にどこまで責任があるかを判断するものではありません。
加害者個人と会社に問える責任は3種類
パワハラで責任を問う根拠として、よく挙げられるのは次の3つです。条文の言葉と、相手を決めるときに見ておきたい点を並べます。
| 相手 | 責任の名前 | 条文の中身(要旨) | 問題になりやすい点 |
|---|---|---|---|
| 加害者個人(上司・同僚・社長) | 不法行為責任(民法709条・710条) | 故意または過失で他人の権利や利益を侵害した者は、生じた損害を賠償する。財産以外の損害も賠償の対象 | 行為の中身と、それによって生じた損害 |
| 会社 | 使用者責任(民法715条) | 事業のために人を使う者は、従業員が事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する | 行為が「事業の執行について」と言えるか。会社が相当の注意をしていたか |
| 会社 | 安全配慮義務(労働契約法5条)の違反による債務不履行(民法415条) | 会社は、労働者が生命・身体等の安全を確保しながら働けるよう必要な配慮をする | 会社がパワハラを知りえたか、知った後に何をしたか |
加害者が複数いる場合は、民法719条が、数人が共同の不法行為で損害を加えたときは各自が連帯して賠償する責任を負うと定めています。上司と同僚が一緒になって嫌がらせをした、という形の悩みでは、この条文も話題になります。
3つは「どれか一つ」ではなく、組み合わせて主張される場合があります。どの構成が自分の事案に合うかは、事実と材料によって変わるため、弁護士の判断が要る部分です。
加害者個人を相手にするとき
加害者個人に責任を問う中心は、民法709条です。殴る、人前で罵倒する、仕事を取り上げるといった行為で心身に損害が生じた場合に、その行為をした本人に賠償を求めるという考え方です。710条は、身体や名誉などを害された場合に、財産以外の損害、つまり精神的な苦痛についても賠償の対象になると定めています。
個人を相手にするときに考えておきたい点は次のとおりです。
- 使える手段が限られる。 個人を相手にできるのは民事訴訟(少額訴訟を含む)と、刑法の罪に当たりうる行為についての刑事手続きです。労働局と労働審判は使えません。
- 住所の特定が要る。 訴えを起こすには相手の住所が必要です。会社の住所とは別に調べる必要があります。
- 社長も「個人」として相手にできる。 社長本人の言動であれば、会社とは別に、社長個人を709条の相手として考える構成もあります。社長のパワハラ特有の事情は社長のパワハラを訴える前にで整理しています。
逆に、個人として請求を受ける側になったときの動き方はパワハラで訴えられた側の対応で扱っています。
刑事で加害者の処罰を求める場合は、損害の賠償とは別の手続きになります。被害届と告訴の違いはパワハラで被害届・告訴を考えるときの整理を参照してください。
会社を相手にするとき
会社を相手にする根拠は、大きく2つです。
1つ目は、民法715条の使用者責任です。従業員が「事業の執行について」他人に損害を加えたとき、会社も賠償する責任を負います。ただし書きで、会社が従業員の選任と監督について相当の注意をしたときなどは責任を負わないとされています。2項は、会社に代わって事業を監督する者も同じ責任を負うと定めています。3項は、賠償した会社が加害者本人に求償することを妨げないとしています。
2つ目は、労働契約法5条の安全配慮義務です。会社は、労働者が生命・身体等の安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をするものとされています。パワハラを知りながら放置した、相談を受けても調べなかった、といった事情があると、この義務との関係が問題になります。会社が問題を知った時期を示すうえで、社内で相談した日付と回答の記録が意味を持ちます。安全配慮義務の考え方は安全配慮義務の基本で詳しく扱っています。
なお、会社には労働施策総合推進法31条で、パワハラを防ぐための相談体制の整備などの措置が義務づけられています。この措置義務をめぐる会社との紛争は、労働局長の援助(36条)と調停(37条)の対象です。損害の賠償を求める話とは別に、「会社に動いてほしい」という目的なら、この行政の手続きが使えます。
手段ごとに選べる相手の違い
相手を決めると、使える手段も決まります。逆に、使いたい手段から相手が決まることもあります。
| 手段 | 加害者個人 | 会社 | 両方を一度に |
|---|---|---|---|
| 労働局長の援助・調停 | できない | できる | できない |
| 労働局のあっせん | できない(労働者同士の紛争は対象外) | できる | できない |
| 労働審判 | できない(個々の労働者と事業主の間の紛争) | できる | できない |
| 民事訴訟 | できる | できる | できる(被告が1人増えるごとに手数料に2,000円加算) |
| 刑事(被害届・告訴) | できる | 対象は行為をした人 | ― |
両方を相手にできるのは民事訴訟だけです。労働審判法1条は対象を「個々の労働者と事業主との間」の紛争としており、厚生労働省は労働者同士の紛争をあっせんの対象外としています。会社を相手にした手続きでも、加害者本人が会社側の関係者として事情を聴かれることはありえます。手段の全体の比較はパワハラで訴える方法は6つ:労働局・労働審判・裁判・告訴を費用と期間で比較を参照してください。
相手を決めるときに考える5つの点
相手選びで迷ったら、次の5つを書き出してから相談先に持っていくと、話が早く進みます。
- 何を求めるか。 職場を変えてほしいなら会社、本人に責任を自覚させたいなら個人、損害を償ってほしいなら支払う力のある相手、と目的で向きが変わります。
- 会社は知っていたか。 社内で相談した日と回答、上司が見ていた場面など、会社が知りえた事情を整理します。
- 加害者は今どこにいるか。 在職中か、異動・退職したか。個人を相手にするなら住所の手がかりがあるか。
- 職場に残るか。 在職したまま会社を相手にするか、退職後に動くかで、負担の感じ方が違います。負担の整理はパワハラを訴えるデメリットにあります。
- 期限に近づいていないか。 不法行為の責任と、安全配慮義務の違反による責任では、条文上の時効の期間が違います。詳しくは次のパワハラの時効は何年?で確かめてください。
相談のときの伝え方の例:「上司から人前での罵倒が半年続き、適応障害と診断されました。人事には3か月前にメールで相談しましたが、調査はされていません。上司個人と会社のどちらに、どんな責任を問えるのかを知りたいです。」
請求できる損害の項目(慰謝料・治療費・休業損害など)は、相手を決めた後に整理する話です。パワハラの損害賠償で請求されうる項目で内訳を確かめられます。
よくある質問
Q. 上司個人だけを訴えることはできますか?
民事訴訟なら、加害者個人だけを相手にすることもできます。ただし労働局の援助・調停・あっせんや労働審判は、労働者と会社の間の紛争を扱う手続きなので、上司個人を相手方にはできません。個人だけを相手にした場合でも、会社の従業員として話を聴かれるなど、会社に知られる可能性は考えておく必要があります。
Q. 会社から「個人間の問題だから会社は関係ない」と言われました。
民法715条は、従業員が事業の執行について他人に加えた損害を会社が賠償する責任を定めており、また会社にはパワハラ防止の措置を講じる義務があります(労働施策総合推進法31条)。会社の言い分が当てはまるかどうかは事実関係で変わるので、会社の回答を記録したうえで、労働局の雇用環境・均等部(室)や弁護士に相談してください。
Q. 加害者が退職した場合、誰を相手にすればよいですか?
加害者が会社を辞めても、在職中の行為についての責任がなくなるわけではありません。個人を相手にするなら住所を特定する必要があり、会社を相手にするなら会社が当時どう対応したかが問題になります。どちらが現実的かは、集めた材料と目的を持って弁護士に相談して決めます。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第415条・第709条・第710条・第715条・第719条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働契約法 第5条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働施策総合推進法 第31条・第35条〜第37条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働審判法 第1条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)(厚生労働省)
- 民事訴訟(通常訴訟)(裁判所)
- 民事訴訟費用等に関する法律 別表第二(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。