パワハラの損害賠償で請求されうる項目:慰謝料・治療費・休業損害
パワハラの損害賠償では、精神的な苦痛に対する慰謝料のほかに、治療にかかった費用、休んだために減った収入、将来の収入の減少なども請求の項目として挙がります。民法は財産上の損害と財産以外の損害(精神的損害)の両方を賠償の対象にしているからです。
ただし、項目を挙げるだけでは請求になりません。どの項目も、金額を示す資料と、パワハラとのつながりを示す材料が必要です。どの項目がどこまで認められるかは事案ごとの判断なので、資料をそろえて弁護士に見てもらう前提で読んでください。
パワハラの損害賠償で請求されうる項目の一覧
民法第709条は、故意や過失で他人の権利を侵害した人に「これによって生じた損害」の賠償を求めています。第710条は、その中に財産以外の損害も含まれると定めています。どこまでがパワハラによって生じた損害といえるかは、因果関係の問題として事案ごとに判断されます。
| 項目 | 中身 | 裏づけになる資料 |
|---|---|---|
| 治療費 | 診察・検査・カウンセリング・薬代 | 領収書、診療明細、お薬手帳 |
| 通院交通費 | 通院のための電車・バス代など | 経路と回数のメモ、交通系ICの履歴 |
| 休業損害 | 休職・欠勤で受け取れなかった給与 | 休む前後の給与明細、休業期間の記録、診断書 |
| 逸失利益 | 退職や後遺した症状による将来の収入の減少 | 源泉徴収票、退職前後の収入の比較 |
| 慰謝料 | 精神的な苦痛への賠償 | 言動の記録、診断書、経過の時系列 |
表の項目は、損害賠償の請求で一般に挙げられる分け方です。実際の裁判例でも、たとえば広島セクハラ(生命保険会社)事件(広島地裁 平成19年3月13日判決。パワハラではなくセクハラの事案)では、通院の治療費、営業成績の低下による収入の減少、慰謝料が請求の項目として挙がっています。
項目ごとの中身と、資料のそろえ方
治療費・通院交通費
心療内科や精神科、カウンセリング、処方薬など、パワハラによる不調の治療にかかった費用です。受診のたびに領収書と診療明細を受け取り、日付順に保管するのが基本です。通院交通費は、領収書が出ない電車やバスの分を、日付・経路・金額を書いたメモで残しておきます。通院の記録の残し方は通院・服薬・欠勤の残し方で詳しく扱っています。
休業損害
不調で休んだり欠勤したりして、本来受け取れたはずの給与が受け取れなかった分です。算定の材料になるのは、休む前の数か月分の給与明細と、休んだ期間の明細、医師が休養を必要とした期間が分かる診断書です。休んでいる間に傷病手当金や労災の休業補償給付を受けている場合は、そのことも整理しておきます(下の「調整」を参照)。
計算の考え方の例です(筆者の計算で、数字は説明用の仮のものです)。休む前3か月の給与が合計90万円、その期間の暦日数が92日なら、1日あたり約9,800円です。90日休んで給与が出なかったなら、約88万円がその期間の減収の目安になります。実際には、賞与の扱いや、休業中に受けた給付との調整で額が変わります。治療費と休業損害が認められた例としては、日本ファンド(パワハラ)事件(東京地裁 平成22年7月27日判決)があり、原告のうち1人について慰謝料のほかに治療費・休業損害が損害に含まれました。額の比べ方はパワハラの判例の読み方で扱っています。
逸失利益
パワハラが原因で退職を余儀なくされた、あるいは症状が残って以前のように働けない、といった場合の将来の収入の減少です。将来の分を今まとめて受け取る形になるため、民法第417条の2が定める「中間利息の控除」で、受け取る時までの利息相当額が差し引かれます(不法行為にも第722条第1項で準用)。退職前後の源泉徴収票や、次の職場の労働条件が分かる書類が材料になります。どこまでがパワハラによる減少といえるかは争いになりやすい項目です。
慰謝料
精神的な苦痛への賠償で、額は言動の内容・期間・結果などを総合して決められます。考慮される事情と裁判例はパワハラの慰謝料はどう決まる?で詳しく扱っています。松蔭学園事件(東京高裁 平成5年11月12日判決)のように、長期間の隔離や業務の取り上げに対して慰謝料が認められた例もあります。
請求額が減ったり調整されたりする仕組み
請求した額がそのまま認められるとは限りません。減額や調整につながる仕組みを、条文で確かめておきます。
- 過失相殺(民法第722条第2項)。 被害者に過失があったときは、裁判所はそれを考慮して賠償額を決められます。上の広島セクハラ事件では、被害者側の事情を考慮して損害額が2割減らされました。
- 労災の給付との調整(労働基準法第84条第2項など)。 使用者が労働基準法による災害補償をした場合、同じ事由についてはその額の限度で民法の損害賠償の責任を免れます。労災保険法には、第三者の行為による事故(第12条の4)や、年金の給付と会社からの賠償(第64条)の調整の規定があります。
- 因果関係の判断。 治療費や休業がパワハラによるものか、ほかの事情によるものかが争われることがあります。発病前後の経過を時系列で示せるかが鍵になります。
労災の給付と損害賠償の関係は、次の記事のパワハラでうつ・適応障害になったときと、労災が認められた後の扱いを書いたパワハラ労災が認められた後の慰謝料で整理しています。
請求の前に作っておく「損害の一覧表」
相談先に持って行く前に、自分で次のような一覧表を作っておくと、話が早く進みます。金額が分からない欄は空けておいてかまいません。
| 項目 | 期間 | 金額(分かる範囲) | 資料の番号 |
|---|---|---|---|
| 治療費 | 〇年〇月〜〇年〇月 | 〇円 | 資料1〜12 |
| 通院交通費 | 同上 | 〇円 | 資料13 |
| 休業損害 | 休職した期間 | 給与明細から計算 | 資料14〜20 |
| 逸失利益 | 退職後 | 相談で検討 | 資料21 |
| 慰謝料 | 言動が続いた期間 | 相談で検討 | 時系列表 |
作るときのチェックリストです。
- 領収書・診療明細を日付順にまとめた
- 休む前3か月分以上の給与明細をそろえた
- 休職・欠勤・有給の日を区別して記録した
- 傷病手当金や労災の給付を受けた期間と額を書き出した
- 退職した場合は、前後の源泉徴収票を手元に置いた
一覧表ができたら、パワハラを弁護士に相談する前の準備を見ながら相談の予約をすると、限られた相談時間を有効に使えます。請求の意思を書面で伝える段階については、前の記事のパワハラで内容証明を送る前ににまとめています。
よくある質問
Q. 心療内科の通院費や薬代のレシートを捨ててしまいました。もう請求できませんか?
領収書がなくても、通院先で診療明細や領収の証明を出してもらえることがあり、薬局でも調剤の記録を確かめられる場合があります。通帳やクレジットカードの明細、お薬手帳も支払いの裏づけになります。今後の分は、受け取った日に封筒やファイルにまとめておく習慣をつけてください。
Q. パワハラで有給休暇を使って休んだ日は、休業損害になりますか?
有給休暇の日は給与が支払われているので、欠勤で給与が出なかった日とは分けて考えることになります。損害としてどう扱うかは相談先と決めることなので、休んだ日ごとに「有給」「欠勤」「休職」を区別して記録し、理由が体調不良だったことを示す通院の記録と並べておきます。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第417条の2・第709条・第710条・第715条・第722条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働基準法 第84条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働者災害補償保険法 第12条の4・第64条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 裁判例 広島セクハラ(生命保険会社)事件(あかるい職場応援団)(厚生労働省)
- 裁判例 松蔭学園事件(あかるい職場応援団)(厚生労働省)
- 裁判例 日本ファンド(パワハラ)事件(あかるい職場応援団)(厚生労働省 あかるい職場応援団)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。