パワハラの労災認定事例の読み方:厚労省の資料にある認定の型
この記事のもくじ
パワハラの労災認定事例として厚生労働省が公表している代表的なものは、パンフレット「精神障害の労災認定」(R6.10)に載る2つの事例です。1つは上司から連日の叱責や「死ね」などの発言を受けてうつ病になり、評価表の「強」に合致するとして認定された例、もう1つは新規事業のリーダーになった後に長時間労働が続いて適応障害になり、「中」の出来事と長時間労働の組み合わせで「強」とされた例です。どちらも判断は「病名が対象か」「出来事は強か」「仕事以外の原因はないか」の3段階で書かれています。この記事では、2つの事例を判断の段階ごとに読み、認定基準の具体例と合わせて「認定の型」を整理したうえで、自分の記録と照らす手順を示します。事例はすべて公表資料の要約で、この記事のために作ったものはありません。
事例1:上司のパワハラでうつ病を発病したとして認定された例
パンフレットの事例を要約すると、次のとおりです。
総合衣料販売店の営業職だったBさんは、異動して係長に昇格し、新規顧客の開拓などを担当することになりました。新しい部署の上司はBさんを連日のように叱責し、その際に「辞めてしまえ」「死ね」といった発言をしたり、書類を投げつけたりすることもたびたびありました。昇格から3か月後に抑うつ気分や睡眠障害などが出て精神科を受診し、うつ病と診断されました。
パンフレットに書かれた判断を、3つの要件に沿って並べます。
| 段階 | パンフレットの判断(要約) | 読み取れること |
|---|---|---|
| ① 対象疾病 | うつ病は対象疾病に該当する | 病名の確認が最初に置かれている |
| ② 業務による心理的負荷 | 上司の言動に人格や人間性を否定するものが含まれ、執拗に行われていたことから、評価表の項目22の「強」の具体例に合致し、総合評価は「強」 | 決め手は「人格否定を含む」「執拗」の2点 |
| ③ 業務以外の要因 | 業務以外の心理的負荷、個体側要因はいずれも顕著なものはなかった | 私生活や既往症も確かめられている |
この事例で「強」とされた理由は、叱責があったことそのものではなく、言葉の中身が業務の指導を外れて人格を否定するものだったことと、それが連日繰り返されていたことです。業務指導の範囲内の叱責は別の項目(上司とのトラブル)で評価されるため、この2点が示せるかどうかが分かれ目になります。
なお、パンフレットの判断文に引かれている「強」の例は「業務範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた」という言い回しで、2023年9月改正後の評価表の文言とは異なります。改正後の評価表では、人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃を、反復・継続するなどして執拗に受けた場合が「強」の例です。自分の出来事を当てはめるときは、改正後の評価表(別表1)の具体例を使ってください。各項目の具体例は精神障害の労災認定基準を読む:心理的負荷評価表のパワハラの項目で並べています。
事例2:新規事業と長時間労働で適応障害を発病したとして認定された例
もう1つの事例は、パワハラではなく仕事の負担の例ですが、評価の組み立てを知るのに役立ちます。
デジタル通信関連会社の設計技師だったAさんは、入社3年目にプロジェクトリーダーになり、新しい分野の商品開発を担当しました。会社にとって初めての技術が多く設計が難航し、帰宅が翌日の午前2時ごろになることもあり、会社から特段の支援もないまま、1か月の時間外労働は90〜120時間で推移しました。約4か月後に抑うつ気分や食欲低下が出て心療内科を受診し、適応障害と診断されました。
| 段階 | パンフレットの判断(要約) | 読み取れること |
|---|---|---|
| ① 対象疾病 | 適応障害は対象疾病に該当する | 適応障害も対象に入る |
| ② 業務による心理的負荷 | 項目8「新規事業や、大型プロジェクトなどの担当になった」の「中」の例に合致し、その後に恒常的長時間労働があることから総合評価は「強」 | 単独では「中」の出来事も、組み合わせで「強」になる |
| ③ 業務以外の要因 | 発病直前に妻が交通事故で軽傷を負う出来事があったが、ほかに顕著なものはなかった | 私生活の出来事があっても、それだけで否定されていない |
パワハラの被害でも、仕事の取り上げや過大なノルマと長時間労働が重なることがあります。事例2の考え方は、出来事が「中」と評価されそうなときに、同じ期間の労働時間が評価を左右することを示しています。
2つの事例と評価表から読み取れる5つの認定の型
パンフレットの事例と、認定基準の評価表に並ぶ「強」の具体例を合わせると、パワハラに関係する認定の型は次の5つに整理できます。型の名前は筆者の整理で、根拠はすべて認定基準とパンフレットです。
| 型 | 中身 | 根拠 | 記録で示したいこと |
|---|---|---|---|
| A 執拗な人格否定 | 人格や人間性を否定する言動、長時間の叱責や人前での威圧的な叱責などが反復・継続した | 評価表 項目22「強」の例、事例1 | 言葉そのもの、回数、期間、場所、周りにいた人 |
| B 「中」+会社の放置 | 一度きりの攻撃などでも、会社に相談したのに、または会社が把握していたのに適切な対応がなく改善されなかった | 項目22・23「強」の例 | 相談した日・相手・回答、その後も続いたこと |
| C 「中」+長時間労働 | 「中」の出来事の後に1か月おおむね100時間の時間外労働が続いた | 恒常的長時間労働の扱い、事例2 | 出退勤の時刻、業務量の変化 |
| D 繰り返しの一体評価 | 発病の6か月より前から続くハラスメントを、開始時からまとめて評価 | 認定基準 第4の2 | 始まった時期から今までの時系列 |
| E 特別な出来事 | 生死にかかわるケガ、本人の意思を抑圧したわいせつ行為、極度の長時間労働など | 評価表「特別な出来事」 | 起きた日と内容 |
型Bは、パワハラだけでなく同僚からのいじめ、顧客からの迷惑行為、セクハラの項目にも同じ形の「強」の例があります。社内に相談した記録が評価に関わる根拠はここにあります。統計で見ると、令和7年度の精神障害の支給決定のうち、パワハラの項目で評価されたものは222件で、出来事別で最多でした。件数の内訳は精神障害の労災の件数:最新の請求・認定件数とパワハラの割合で確かめられます。
自分の記録と照らし合わせる手順
事例は「認定されるかどうか」を占うためではなく、自分の出来事のどこを具体的に示せばよいかを知るために使います。次の手順で整理すると、請求の書面や聴取で伝えることがはっきりします。
- 出来事を時期順に書き出す。 いつ、誰から、何を言われ・されたか、何回、何分くらいかを1行ずつ書きます。書き方はパワハラの時系列表の作り方が参考になります。
- 事例の表と同じ3段階に分ける。 病名と診断日、職場の出来事、私生活の出来事や通院歴を、それぞれ別の欄にまとめます。
- 型A〜Eのどれに近いかを書き添える。 近い型の「記録で示したいこと」の列を見て、足りない事実を探します。
- 足りない事実を補う手がかりを探す。 メール、チャット、勤務記録、同僚の名前、相談窓口とのやりとりなど、本人の申し立て以外で確かめられるものを書き添えます。
- 結論は書かない。 「強に当たる」と自分で決めて書く必要はありません。当てはめを決めるのは労働基準監督署です。事実をそろえることに集中します。
| 欄 | 書くこと | 記入の例 |
|---|---|---|
| 対象疾病 | 診断名、診断日、医療機関 | 2026年6月10日 ○○クリニックで適応障害と診断 |
| 職場の出来事 | 時期、相手、言動、回数、会社への相談と対応 | 4〜6月、課長から週3回の叱責、5月20日に人事へ相談、改善なし |
| 労働時間 | 出来事の前後の時間外労働の目安 | 5月は約70時間(タイムカードの写しあり) |
| 業務以外の事情 | 私生活の出来事、通院歴 | 特になし/以前の通院はなし |
まとめた内容を請求用の書面に整える方法は精神障害の労災の申立書の書き方、日々の記録の残し方はパワハラの記録の書き方にあります。
ほかの公的な判断例を読みたいときは、厚生労働省の「労働保険審査会 裁決事案一覧」に、労働保険審査会が再審査請求に出した裁決の要旨が平成26年1月から令和2年7月の裁決分まで載っています。ただし、いずれも2023年9月の改正前の認定基準による判断なので、評価表の当てはめは改正後の基準で読み直す必要があります。要件と請求の全体はパワハラによる精神障害の労災認定:3つの要件と申請の流れ、セクハラの事案での扱いはセクハラ・マタハラでも労災になる?を参照してください。
よくある質問
Q. 認定事例と自分の状況がよく似ています。同じように認定されますか?
事例は判断の筋道を示すために要約されたもので、似ているかどうかで結果が決まるわけではありません。労働基準監督署は、あなたの出来事を調査で確かめ、評価表の具体例や総合評価の視点に当てはめて判断します。事例は、自分の出来事のどこを具体的に示せばよいかを考える材料として使ってください。
Q. 事例1のように「死ね」と言われた録音がないと、認定は難しいですか?
パンフレットの事例は判断の結果を要約したもので、どの証拠で事実が確かめられたかは書かれていません。調査では本人の申し立てのほか、上司や同僚からの聴き取り、勤務記録なども集められます。録音がなくても、日付ごとのメモ、メールやチャット、相談した相手など、事実をたどれる手がかりを残しておくことが大切です。
出典・参考にした公的な情報
- 精神障害の労災認定(パンフレット R6.10「13 労災認定事例」)(厚生労働省)
- 心理的負荷による精神障害の認定基準(基発0901第2号・別表1)(厚生労働省)
- 労働保険審査会 裁決事案一覧(厚生労働省)
- 令和7年度 精神障害に関する事案の労災補償状況(別添資料2 表2-8)(厚生労働省)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。