カスハラとクレームの違い:正当な苦情との線引きを指針の例で確認
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カスハラ(カスタマーハラスメント)とクレームの違いは、「要求の内容」と「伝え方(手段・態様)」の2つの軸で見分けます。厚生労働省のカスハラ指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、苦情のすべてがカスハラに当たるわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは「いわば正当な申入れ」だとしています。一方で、内容と伝え方のどちらか一方だけが範囲を超えていても、カスハラに当たりうるとも書いています。この記事では、指針に並ぶ判断の要素と典型例を、現場で使える早見表に置き換えます。
カスハラとクレームの違いは「内容」と「手段・態様」の2軸
まず定義を押さえます。カスハラは、職場で行われる①顧客等の言動であって、②労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、で、①〜③をすべて満たすものです。「クレーム」は法律や指針の言葉ではなく、指針は「苦情」「申入れ」という言葉を使っています。
②の「範囲を超えた」の中身として、指針は2つを挙げます。言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、そして手段や態様が相当でないもの、です。2つを組み合わせると、次の4つの場合に分かれます。
| 要求の内容 | 伝え方(手段・態様) | 指針に沿った見方 | 場面の例(筆者による例示) |
|---|---|---|---|
| 相当 | 相当 | 正当な申入れ(苦情)。カスハラではない | 届いた商品が壊れていたので、落ち着いた口調で交換を求める |
| 相当 | 相当でない | カスハラに当たりうる | 交換という正当な要求でも、大声で威圧し、閉店後まで店に居座る |
| 相当でない | 相当 | カスハラに当たりうる | 丁寧な言葉づかいで、契約にない無償の作業や大幅な値引きを何度も求める |
| 相当でない | 相当でない | カスハラに当たりうる | 根拠のない損害賠償を、SNSに悪評を書くとほのめかしながら迫る |
表の右の列は、指針の考え方を読者が自分の場面に当てはめやすくするために筆者が作った例です。実際に当たるかどうかは、業務の性質や経緯を含めて会社が事実を確かめて判断します。
対象は対面だけではありません。指針は、電話やSNSなどインターネット上の言動も含むとしています。「顧客等」の範囲も広く、潜在的な顧客、取引先の担当者、施設の利用者とその家族、施設の近隣住民まで例に入っています。
指針が挙げる「範囲を超える」典型例の一覧
指針は、範囲を超えるものを「内容」と「手段・態様」に分けて典型例を並べています。言い回しは指針に沿って短くまとめました。
| 区分 | 指針の典型例 | 現場での見え方の例 |
|---|---|---|
| 内容 | 要求に理由がない、商品等と全く関係のない要求(性的な要求、プライバシーに関わる要求) | 連絡先を教えろ、個人的に会え、と迫る |
| 内容 | 契約等で想定するサービスを著しく超える要求 | 契約外の作業や特別扱いを当然のように求める |
| 内容 | 対応が著しく困難・不可能な要求(契約金額の著しい減額の要求など) | 支払い済みの代金の大半を返せと求める |
| 内容 | 不当な損害賠償要求 | 関係のない損害まで店に払わせようとする |
| 手段・態様 | 身体的な攻撃 | 殴る・蹴る・叩く、物を投げつける、わざとぶつかる、つばを吐きかける |
| 手段・態様 | 精神的な攻撃 | 店の物を壊す・SNSに悪評を書くとほのめかして脅す、人格を否定する、土下座を強要する、無断で撮影する |
| 手段・態様 | 威圧的な言動 | 大声で威圧する、反社会的な言動をする |
| 手段・態様 | 継続的・執拗な言動 | 同じ質問を執拗に繰り返す、揚げ足取りや責め立てを続ける、同じ内容のメールを何通も送る |
| 手段・態様 | 拘束的な言動 | 帰らずに居座る、長時間電話を切らせない |
この一覧は典型例で、ここに載っていない言動は対象外、という読み方はしません。業務の性質によって線の位置も動きます。たとえば医療や介護のように法律でサービスの提供が求められる仕事では、指針も、その義務や利用者の生命・健康への影響に留意するよう求めています。
- 軸1「要求の内容」:契約や商品・サービスと関係があるか/想定の範囲に収まるか
- 軸2「伝え方」:暴力・脅し・人格否定・大声・執拗な繰り返し・居座りがないか
- 両方とも範囲内 → 正当な苦情として受け止め、対応する
- どちらか一方でも範囲外 → カスハラに当たりうる。1人で抱えず上司へ報告
- 暴行・脅迫など犯罪に当たりうる言動 → 会社の決まりに沿って警察へ通報
正当な苦情として受け止める場面:カスハラに当たらないもの
線引きの反対側も知っておくと、自分の対応に迷いが減ります。指針がカスハラに当たらないと明記しているのは、次のようなものです。
- 客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた苦情。商品の不具合、説明の誤り、待ち時間の長さなどへの指摘は、内容も伝え方も許容される範囲なら正当な申入れで、カスハラではありません。ただし、同じ指摘でも大声で威圧する、長時間居座るといった伝え方が範囲を超えれば、前の表のとおり別に考えます。
- 障害のある人が、障害者差別解消法で禁じられる不当な差別的取扱いをしないよう求めること、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること。指針は、これらはカスハラに当たらないと明記しています。
また指針は、事業主や労働者側の不適切な対応が、言動の原因や背景になっている場合もあることに留意するよう書いています。会社が措置を講じる際には、消費者の権利にも留意することとされています。こちらにミスがあった場面では、ミスへのおわびと訂正という「受け止める部分」と、それを超える要求や態度という「受け止めない部分」を分けると、お客にも自分にも筋の通った対応になります。
現場で迷ったときの線引きの手順
線を引くのは、本来は会社の役割です。指針は、会社が対処の内容をあらかじめ決めて周知するよう求めており、その例として「管理監督者等に直ちに報告し指示を仰ぐ」「可能な限り一人で対応させない」を挙げています。従業員が一人で白黒を決める必要はありません。そのうえで、報告に使える材料をそろえる手順を示します。
- 要求の中身を一文で書き出す。 「返品と、交通費として1万円を求めている」のように、何を求めているかを短く言い換えます。
- 契約や店の決まりと照らす。 返品の条件、サービスの範囲、料金表など、会社が決めているルールに収まる要求かを見ます。
- 伝え方を事実で残す。 大声、物を叩く、同じ要求の繰り返し、居座った時間、SNSへの投稿のほのめかしなどを、時刻とともにメモします。会社が録音・録画をしている職場なら、その旨も記録に添えます。
- その場で上司に代わってもらう。 一人で対応し続けないことは、指針が対処の例として挙げている内容です。
- 会社の決めた対処に沿う。 指針は、十分に説明してもなお同じ要求が続く場合に、一定の時間がたったら退店を求める・電話を切ることや、暴行・傷害・脅迫など犯罪に当たりうる言動は警察へ通報することを、対処の内容の例に挙げています。
上司に代わってもらうときの言い方は、職場で決まった文言があればそれを使います。決まっていない場合の一例です。
文例:「大切なご意見ですので、責任者からご説明いたします。少々お待ちください。」
文例(報告メール):「本日14時ごろ、レジで○○様から返品と交通費1万円の支払いを求められました。返品条件をご説明しましたが、約40分にわたり大声で同じ要求が続き、『SNSに書く』との発言がありました。今後の対応の指示をお願いします。」
報告を受けた会社がどう動くかは、カスハラ被害を受けたときの対処:記録・報告・会社に求める対応で順番にまとめています。飲食店や小売の現場に絞った話は飲食店・小売の接客でカスハラを受けたときへ進んでください。
判断するのは会社:2026年10月からの義務と社外の相談先
2026年10月1日から、カスハラの防止のための措置はすべての事業主の義務になりました(労働施策総合推進法 第33条)。会社は、方針を明らかにして周知すること、相談窓口を設けること、起きたときに事実を確かめて被害を受けた従業員に配慮すること、悪質なものを抑止するための対処の方針を決めておくことなどを求められています。相談したことや事実確認に協力したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることも禁じられています。会社にどんな措置を確かめればよいかはカスハラ対策義務化で会社は何をする?従業員が確かめたい措置の中身、定義全体はカスハラとは?定義と2026年10月から会社に課された措置義務で扱っています。
なお、厚生労働省の解釈では、この改正は会社に措置を義務づけるもので、会社が顧客に何かを強制できる新しい法的な権限をつくったものではありません。出入り禁止や警告文などをどう使うかは、各社が決める対処の方針によります。
会社に報告しても対応がない、窓口が機能していないと感じるときは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談できます。番号と受付時間はパワハラの相談窓口一覧:電話番号・受付時間・できることの早見表にまとめています。お客の対応が続いて心身がつらくなっているなら、カスハラで仕事を辞めたいとき:休む・異動・転職の選び方と準備で、休む・担当を変える・辞めるの選び方を並べています。
よくある質問
Q. 丁寧な口調なら、どんな要求でもクレームとして受け続けるしかありませんか?
そうとは限りません。カスハラ指針は、伝え方が穏やかでも、要求の中身が契約で想定するサービスを著しく超える場合や、対応が著しく困難な要求である場合を、範囲を超える例に挙げています。中身の線引きは個人で抱えず、上司や会社の決めた対処の内容に沿って判断してもらいましょう。
Q. 一度怒鳴られただけでもカスハラに当たることはありますか?
指針は、言動の頻度や継続性は考慮するとしたうえで、強い身体的・精神的苦痛を与える態様の言動なら1回でも就業環境を害する場合がありうる、と書いています。回数が少ないから我慢するしかない、とは考えなくて大丈夫です。日時と言われた言葉を書き留め、その日のうちに上司へ報告しておきましょう。
Q. こちらのミスがきっかけでも、カスハラになることはありますか?
指針は、事業主や労働者側の不適切な対応が原因や背景になっている場合もあることに留意するよう求めています。ミスへのおわびと訂正はきちんと行い、そのうえで、ミスの範囲を超える要求や威圧的な態度は別のものとして上司に報告する、と分けて考えると整理しやすくなります。
出典・参考にした公的な情報
- カスタマーハラスメントに関する指針(令和8年厚生労働省告示第51号)(厚生労働省)
- 職場におけるハラスメントの防止のために(カスハラ対策の義務化)(厚生労働省)
- 労働施策総合推進法 第33条・第34条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。