カスハラは労災になる?2023年改正の認定基準に入った出来事
カスハラ(カスタマーハラスメント)で発病した精神障害も、労災(業務災害)の対象になりえます。厚生労働省は2023年9月1日に「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改正し、具体的な出来事として「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」を加えました。ただし、一人ひとりが認定されるかは、労働基準監督署長が調査して決めます。この記事では、カスハラが認定基準でどう評価されるかと、申請に向けて残しておく記録を整理します。
カスハラは労災の対象になる:2023年改正で加わった出来事
カスハラを具体的な出来事として評価表に載せたのは、2023年の改正からです。この改正では、業務による心理的負荷評価表(別表1)が見直され、次の点が変わりました。
- 具体的出来事に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスハラ)を追加
- 同じく「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」を追加
- パワーハラスメントの6類型すべてについて具体例を明記
- 発病後に悪化した場合の扱いを見直し、特別な出来事がなくても、業務による強い心理的負荷で著しく悪化したと判断されるときは悪化した部分を業務上とする
カスハラの項目でいう「著しい迷惑行為」とは、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求などを指します。この出来事の平均的な心理的負荷の強度は、3段階のうち真ん中の「Ⅱ」とされています。
実際に、令和7年度にはこの出来事による精神障害の決定が240件あり、そのうち127件が支給決定されています(厚生労働省「令和7年度 過労死等の労災補償状況」)。
認定されるには、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側の要因によって発病したとは認められないこと
要件の全体像や、パワハラの場合との違いはパワハラによる精神障害の労災認定:3つの要件と申請の流れで詳しく扱っています。
「強」「中」「弱」の分かれ目:評価表の具体例
要件2の「強い心理的負荷」に当たるかは、出来事とその後の状況を、評価表の具体例に当てはめて「強」「中」「弱」で評価します。カスハラの項目に書かれている例は次のとおりです。
| 評価 | 認定基準に書かれている具体例 |
|---|---|
| 強 | 顧客等から治療を要する程度の暴行等を受けた |
| 強 | 顧客等から暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた |
| 強 | 人格や人間性を否定するような言動を、反復・継続するなどして執拗に受けた |
| 強 | 威圧的な言動など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた |
| 強 | 「中」程度の迷惑行為を受け、会社に相談しても、または会社が把握していても、適切な対応がなく改善がなされなかった |
| 中 | 治療を要さない程度の暴行で、反復・継続していない、など |
| 弱 | 「中」に至らない程度の言動 |
評価で押さえておきたい考え方が3つあります。
- 本人の感じ方ではなく「同種の労働者」で見る。 職種、立場、年齢、経験などが似た人が一般的にどう受け止めるかで評価します。つらさを軽く見るという意味ではなく、評価の物差しが決まっているということです。
- 繰り返される迷惑行為は一体として評価する。 ハラスメントのように繰り返される出来事は、発病の6か月より前に始まっていても、その期間中に続いていれば、始まった時からの行為がすべて評価の対象になります。
- 会社の対応も評価に入る。 上の表の5つ目のように、会社に相談しても改善されなかったことが、「中」を「強」に引き上げる例として書かれています。社内に報告した記録が意味を持つのはこのためです。
なお、評価表には「顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた」という別の項目もあります。こちらは契約上の無理な納期や注文など、仕事の中身としての要求を扱うもので、暴言や威圧などの迷惑行為を扱うカスハラの項目とは分けて考えます。評価表全体の読み方は精神障害の労災認定基準を読む:心理的負荷評価表のパワハラの項目にまとめています。
- 対象の精神障害を発病しているか(主治医の意見などで判断)
- 発病前おおむね6か月に、どんな出来事があったか(カスハラは「顧客等からの著しい迷惑行為」の項目)
- 評価表の具体例に当てはめて「強・中・弱」を評価(繰り返しは一体で評価、会社の対応も考慮)
- 業務以外の出来事・個体側の要因で発病したといえないか
- 3つの要件をすべて満たせば、業務上の疾病として扱われる
申請先と流れ:本人が労働基準監督署に請求する
労災の給付は、働く本人(亡くなった場合は遺族)が請求して受ける仕組みです。会社が代わりに決めるものではありません。
- 請求先:事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長です。
- 請求書:病院で治療を受ける費用は療養補償給付(労災指定医療機関で受診する場合は様式第5号)、仕事を休んだ間の所得の補償は休業補償給付(様式第8号)で請求します。様式は厚生労働省のサイトから入手できます。
- 証明欄:請求書には、発病の年月日や出来事の状況などについて事業主の証明、傷病名や療養の期間について医師の証明を受ける欄があります。事業主には、証明を求められたら速やかに証明する義務があります(労災保険法施行規則23条)。会社が証明を拒んだ場合でも請求できることは、厚生労働省のパンフレットに明記されています。
- 調査と決定:労働基準監督署が、本人や関係者からの聴取、主治医の意見、勤務の記録などを集めて、認定基準に当てはめて判断します。
休業補償給付は、休業4日目から、給付基礎日額の60%と休業特別支給金の20%が支給されます。最初の3日間は、業務災害の場合、会社が平均賃金の60%を補償することになっています。請求には時効があり、休業補償給付は賃金を受けない日ごとに、その翌日から2年で消えていきます(労災保険法42条)。手続きの細かい流れはパワハラの労災申請の流れ:請求書の提出から調査・決定まで、出来事を時系列で書く書面の作り方は精神障害の労災の申立書の書き方を参照してください。
申請に向けて今から残しておく記録
カスハラの労災では、「どんな迷惑行為が、どれくらい続き、会社がどう対応したか」を具体的に示せるかが評価を左右します。在職中のうちに、次のものを残しておくと説明しやすくなります。
- 迷惑行為の日時、場所(店頭・電話・訪問先など)、言われた言葉や行為、続いた時間、回数
- その場で上司に代わってもらったか、報告した相手と日時、会社の返事や対応の中身
- 会社が録音・録画をしていた場合は、そのことと日付(記録そのものの持ち出しは会社の規程に従う)
- 一緒に対応した同僚、目撃した人の名前
- 受診した日、医療機関、医師に伝えた内容、休んだ日
- 当時の勤務時間や業務量の変化(長時間労働も同じ6か月の中で評価される)
顧客の氏名や連絡先などの個人情報は、会社の管理する情報です。私物のスマホや自宅のノートに写さず、「○日夕方の電話の男性客」のように書いておけば、出来事の記録としては足ります。記録の付け方はパワハラの記録の書き方:日時・言葉・場所・目撃者を残す記入例つきの型がそのまま使えます。
労災とは別に、健康保険の傷病手当金は「業務外」の病気やけがを対象にする制度です。どちらで進めるかの考え方はパワハラの休職は傷病手当金と労災のどちら?違いと切り替えにまとめています。会社への損害賠償の話は労災とは別の手続きになるので、パワハラ労災が認められた後の慰謝料:労災給付と損害賠償の関係で仕組みを確かめてください。カスハラがつらくて仕事を続けるか迷っているなら、カスハラで仕事を辞めたいときで、休む・異動・転職の選び方を並べています。公務員の場合は労災ではなく公務災害の制度になるため、公務員のパワハラ労災は公務災害を読んでください。
よくある質問
Q. 会社に「お客とのトラブルは労災にならない」と言われました。申請できませんか?
労災に当たるかを決めるのは会社ではなく、労働基準監督署長です。請求は働く本人が行う仕組みで、会社が事業主の証明を拒んだ場合でも請求はできると厚生労働省のパンフレットに書かれています。会社に言われた言葉と日付をメモし、所轄の労働基準監督署に相談してください。
Q. 退職した後でも、カスハラによる労災を請求できますか?
労災保険法12条の5は、保険給付を受ける権利は退職によって変わらないと定めています。ただし時効があり、休業補償給付は休んだ日ごとに、その翌日から2年で消えていきます。退職後の請求の進め方は退職後の労災申請の記事にまとめています。
Q. 迷惑行為をした客の名前が分からなくても請求できますか?
評価されるのは、どのような迷惑行為をどれくらい受けたかという出来事の中身です。相手の氏名よりも、日時、場所、言動の内容、続いた時間、会社への報告とその後の対応を具体的に書けるかが大切になります。分かる範囲で「○月○日夕方の電話の客」のように特定して書けば足ります。
出典・参考にした公的な情報
- 心理的負荷による精神障害の認定基準を改正しました(2023年9月1日)(厚生労働省)
- 心理的負荷による精神障害の認定基準(基発0901第2号・別表1)(厚生労働省)
- 令和7年度 過労死等の労災補償状況(別添資料2 表2-8)(厚生労働省)
- 精神障害の労災認定(パンフレット)(厚生労働省)
- 労働者災害補償保険法 第12条の5・第42条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働者災害補償保険法施行規則 第1条・第13条・第23条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。