パワハラを産業医に相談するとき:面談で伝えることと守秘の範囲
この記事のもくじ
パワハラで体調を崩しかけているなら、産業医には「健康相談」として相談できます。産業医は会社が選任する医師で、働く人の健康を守る立場から話を聞き、必要なときは会社に就業上の配慮を求める意見や勧告を出せます。話した内容には医師の守秘義務がかかりますが、配置の変更などを求める場合は、そのための意見が会社に伝わります。面談の最初に「会社に伝えてよい範囲」を自分で決めておくことが、産業医相談を安心して使うための一番の準備です。
パワハラを産業医に相談してよい:産業医ができること・できないこと
産業医は労働安全衛生法第13条に基づく仕組みで、常時50人以上の労働者を使用する事業場に選任が義務づけられています(労働安全衛生法施行令第5条)。労働安全衛生規則第14条は、産業医の職務として、健康診断や面接指導とその後の措置、健康相談、労働者の健康障害の原因の調査と再発防止などを挙げています。パワハラで眠れない、出勤前に動悸がするといった状態は、まさに健康相談の対象です。
| 産業医ができること | 産業医の役割ではないこと |
|---|---|
| 心身の状態を聞き、働き方についての助言をする | パワハラに当たるかどうかを判断する |
| 就業上の配慮(作業の転換、労働時間の短縮、就業場所の変更など)について会社に意見を述べる | 加害者の処分や謝罪を決める |
| 健康を守るために必要なとき、会社に勧告をする(第13条第5項。会社は尊重しなければならない) | 会社との交渉や手続きを本人の代わりに行う |
| 必要に応じて受診を勧め、主治医と連携する(本人の同意を得て情報を集める) | 主治医に代わって治療を続ける |
産業医が会社に勧告や助言をしたことを理由に、会社が産業医を解任するなど不利益に扱わないようにすることも、規則第14条第4項で定められています。会社に選ばれた医師であっても、医学の知識に基づいて誠実に職務を行う義務(法第13条第3項)を負っています。
常時50人未満の事業場では選任の義務がなく、医師などに健康管理を行わせるよう努めること(第13条の2)にとどまります。産業医がいない職場なら、パワハラを相談するのが気まずい・迷うとき:小さく始める相談の方法で紹介している社外の窓口から始めてください。
守秘の範囲:会社に伝わること・伝わらないこと
産業医に相談するときに一番気になるのは、話したことがどこまで会社に伝わるかです。法令の決まりを並べると、守られるものと、会社に届くものの線が見えてきます。
| 情報 | 扱いの決まり | 根拠 |
|---|---|---|
| 面談で話した個人的な事情 | 医師は正当な理由なく業務で知った秘密を漏らしてはならない | 刑法第134条 |
| 面接指導やストレスチェックで知った秘密 | 実施の事務に従事した人は漏らしてはならない | 労働安全衛生法第105条 |
| ストレスチェックの結果 | 本人の同意がなければ、実施した医師などから会社に提供してはならない | 同法第66条の10第2項 |
| 面接指導のあとの医師の意見 | 会社は医師の意見を聴き、必要なら就業場所の変更や労働時間の短縮などの措置を取る | 同法第66条の8・第66条の10 |
| 会社が受け取った心身の情報 | 健康の確保に必要な範囲で集め、目的の範囲で保管・使用する(本人の同意などがある場合を除く) | 同法第104条 |
ここから分かるのは、病名や個人的な事情がそのまま会社に流れる仕組みではないが、配慮を求めるなら「どんな配慮が必要か」は会社に伝わるということです。たとえば「上司の席から離れた部署での勤務が望ましい」という意見が出れば、会社は理由をある程度知ることになります。逆に、会社に何も知られたくない段階なら、配慮を求めずに相談だけをする、という選び方もできます。
面談の最初に、次のように聞いておくと安心です。
文例:「今日お話しすることのうち、会社に伝わるのはどの部分ですか。伝える前に、内容を私に確認していただけますか。」
文例:「上司の言動の話は、まだ会社には伝えないでください。今日は体調の相談として聞いていただきたいです。」
面談で伝えることを5項目に整理する
面談の時間は限られていて、緊張すると言いたいことの半分も話せないまま終わってしまうことがあります。次の5項目をメモにして持っていき、順番に読み上げるつもりで臨むと、伝え漏れを防げます。
- 体調の変化。 いつから、どんな症状があるか。睡眠(寝つけない、夜中に目が覚める)、食欲、出勤前の動悸や吐き気、休日の過ごし方の変化など、具体的に書きます。
- きっかけになった出来事。 日付と、言われたこと・されたことを事実として書きます。「人格を否定された」とまとめるより、言われた言葉をそのまま書くほうが伝わります。パワハラに当たるかどうかの評価は書かなくて構いません。
- 仕事への影響。 ミスが増えた、集中が続かない、特定の人がいる場所に行けないなど、働くうえで困っていることです。産業医が就業上の配慮を考える材料になります。
- 通院の状況。 受診しているか、主治医から何と言われているか、薬を飲んでいるか。診断書があれば持参します。
- 希望と共有の範囲。 席や担当を変えてほしい、残業を減らしたい、しばらく休みたい、相談先を紹介してほしいなど、何を望むか。そして、会社に伝えてよいこと・伝えないでほしいことを分けて書きます。
文例:「9月から、上司から会議のたびに大きな声で叱責されていて、最近は日曜の夜に眠れず、朝に吐き気があります。仕事は続けたいので、上司と直接やり取りしない形で働けないか相談したいです。」
出来事の書き方はパワハラの記録の書き方:日時・言葉・場所・目撃者を残す記入例つき、受診と診断書についてはパワハラで診断書をもらうには:受診で伝えることと証拠としての使い方が参考になります。
面談のきっかけで変わること:健康相談・面接指導・休職の面談
産業医と話す場面はいくつかあり、きっかけによって申し出方や記録の残り方が違います。
| 面談の種類 | 始まり方 | 知っておくこと |
|---|---|---|
| 健康相談 | 本人が会社の健康管理の窓口や産業医に申し込む | 会社は、産業医が健康相談に応じられる体制を整えるよう努める(法第13条の3) |
| ストレスチェック後の面接指導 | 高ストレスと判定された人が申し出る | 申し出たことを理由とする不利益な取扱いは禁止。会社は面接指導の記録を作り5年間保存する(規則第52条の18) |
| 長時間労働者の面接指導 | 休憩時間を除き週40時間を超える労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる人が申し出ると、会社が行う(規則第52条の2・第52条の3) | 会社は医師の意見を聴き、必要な措置を取る。産業医が申出を勧めることもある |
| 休職中・復職前の面談 | 会社の手続きとして行われる | 復職の判断に関わるため、主治医の意見とあわせて扱われる |
パワハラの相談として自分から話すなら、多くは健康相談の形になります。ストレスチェックで高ストレスと出た場合の流れはストレスチェックで高ストレスと出たら:医師の面接指導と会社に伝わる範囲、休職中や復職前の面談はうつで休職中・復職前の産業医面談:聞かれることと伝える準備で詳しく扱っています。
産業医に相談したあと:ハラスメントそのものの相談先へつなぐ
産業医は健康を守る立場の医師で、パワハラの事実を調べたり、加害者への対応を決めたりする窓口ではありません。体調への配慮が得られたら、出来事そのものへの対応は、会社のハラスメント相談窓口や人事に別に求めることになります。
- 社内の相談窓口に伝える。 産業医に話した内容とは別に、出来事と求める対応を相談窓口に伝えます。メールで申し込むなら会社にパワハラを相談するメールの書き方:件名から結びまでの例文の型が使えます。
- 面談の内容を自分でも残す。 面談の日付、産業医が言ったこと、会社に伝えると決めた範囲をメモにします。後で「そんな話はなかった」とならないよう、相談の記録の一部として保管します。
- 会社が動かないときは外へ。 会社に相談しても対応がない場合は、労働局の窓口に相談できます。進め方はパワハラを相談しても会社が対応しないとき:外へ出す前に確かめることにまとめています。
体調の悪化が急で、退職や休職まで考えている場合も、まずは産業医と主治医の意見を聞き、体を守る手段を確保してから次を決める順番が、選択肢を狭めずにすみます。
よくある質問
Q. 産業医に話したパワハラの内容は、人事や上司に全部伝わりますか?
医師には刑法第134条の守秘義務があり、正当な理由なく業務で知った秘密を漏らすことは禁じられています。一方で、配置の変更などを会社に求めるには、就業上の配慮についての意見が会社に伝わります。面談の最初に「会社に伝えてよいこと」と「伝えないでほしいこと」を分けて伝え、意見の内容を事前に確かめておきます。
Q. 産業医は会社に雇われているので、会社の味方ではないのですか?
産業医は会社が選任する医師ですが、労働安全衛生法第13条は、医学の知識に基づいて誠実に職務を行うことを求め、労働者の健康の確保に必要なときは会社に勧告できるとしています。会社は勧告を尊重しなければならず、勧告したことを理由に産業医を不利益に扱わないよう規則で定められています。それでも話しにくいと感じたら、社外の窓口を先に使う方法もあります。
Q. 産業医に会う前に、心療内科などを受診しておいたほうがいいですか?
産業医の職務として規則が挙げているのは健康管理や健康相談で、通院先の代わりにはなりません。眠れない・食べられないなどの症状があるなら、主治医を持っておくと、産業医が主治医の意見を参考にしながら会社への意見を考えられます。受診の流れは診断書の記事で詳しく扱っています。
出典・参考にした公的な情報
- 労働安全衛生法 第13条・第13条の3・第66条の8・第66条の10・第104条・第105条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働安全衛生法施行令 第5条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働安全衛生規則 第14条・第14条の4・第52条の18(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働安全衛生規則 第52条の2・第52条の3(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 刑法 第134条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(厚生労働省)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。