看護師が患者・家族からカスハラを受けたとき:病院に求める対応
この記事のもくじ
患者さんやご家族からの暴言・暴力・セクハラは、2026年10月1日から、病院が防ぐための措置を取らなければならない対象になりました(労働施策総合推進法第33条)。厚生労働省のカスハラ指針は、顧客等に「施設の利用者及びその家族」を含め、病院を施設の例に挙げています。殴る・蹴るなどの暴力や、いまも危険が続く状況は110番、それ以外は師長への報告と記録から進めます。
患者・家族の言動は、パワハラではなくカスハラの枠組みで扱われる
同じ病院の師長や先輩からの言動は、パワーハラスメント(パワハラ)の枠組み(第31条)です。患者さんやそのご家族からの言動は、カスタマーハラスメント(カスハラ)として第33条の枠組みになります。看護師のパワハラ:師長・先輩からの被害を記録して相談する方法とは、守ってくれる条文も会社に求める措置も別なので、まず自分の件がどちらかを分けておくと、相談の場で話が早くなります。
指針のカスハラの定義は、次の3つをすべて満たすものです。
- 顧客等(患者・家族を含む)の言動であること
- 業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
- 労働者の就業環境が害されること(判断は「平均的な労働者の感じ方」を基準にします)
苦情や要望のすべてが当たるわけではありません。指針は、言動の「内容」と「手段・態様」のどちらか一方だけが許容範囲を超えていても該当しうるとしています。診療や看護への不満を丁寧に述べる患者さんは対象外で、同じ不満でも大声で威圧する、長時間離さない、撮影するといった手段が加わると対象に入ってきます。苦情そのものとの線引きはカスハラとクレームの違いで詳しく整理しています。
病棟の場面に置き換えると
指針に載っている例を、看護の場面にあてはめて並べました(あてはめは筆者によるもので、個別の該当判断ではありません)。
| 指針の類型 | 指針に書かれた例 | 病棟・外来でのあてはめ |
|---|---|---|
| 身体的な攻撃 | 殴る・蹴る・叩く、物を投げつける、つばを吐きかける | 清拭や点滴交換のときに叩かれる、物を投げられる |
| 精神的な攻撃 | 人格を否定する言動、土下座の強要、盗撮や無断での撮影、SNSへの投稿をほのめかす脅し | 「だから看護師は馬鹿だ」と言われる、処置中の姿を撮影される、「SNSに書く」と言われる |
| 威圧的な言動 | 大声で威圧する | ナースステーションで大声を出し続ける |
| 継続的・執拗な言動 | 同じ質問の執拗な繰り返し、執拗な責め立て | 夜間に何度もナースコールを鳴らして同じ主張を繰り返す家族 |
| 拘束的な言動 | 長時間の居座りや電話での拘束 | 面会時間後も帰らず説明を要求し続ける、病棟への長電話 |
| 内容が許容範囲を超えるもの | 性的な要求、サービスの範囲を著しく超える要求 | 連絡先の交換を求める、特別な付き添いや個別対応の強要 |
患者さんからの性的な言動は、セクハラ指針でも、行為者になりうる者として「患者又はその家族」が明記されています。厚生労働省の解釈事項(Q&A)は、顧客等の性的な言動もカスハラに当たりうるとしてカスハラ指針に基づく対応を求め、セクハラ防止の指針の措置も参考にすることが望ましいとしています。身体を触られる、性的な冗談を繰り返されるといったことも、報告してよい内容です。
病院に求める対応:指針が挙げる措置と確かめる質問
第33条は、病院に「相談に応じ適切に対応するための体制の整備」と「顧客等言動への対応の実効性を確保するための抑止のための措置」を求めています。指針は措置の例を挙げていて、病院が何をするかは病院ごとに決まります。例にあるものを、自分の病院で確かめる質問に直すと次の表になります。
| 指針の措置の例 | 自分の病院で確かめる質問 |
|---|---|
| 方針の明確化と周知 | 「患者・家族からの暴言・暴力には毅然と対応し職員を守る」という方針は、いつ誰に周知されましたか |
| 管理監督者への直ちの報告、可能な限り一人で対応させない | 夜勤帯の暴言は誰に報告し、誰が代わってくれる決まりですか |
| やり取りの録音・録画(個人情報保護法等を守って) | 病院として録音や録画をしてよい場面と手順は決まっていますか |
| 一定時間で退室を求める・電話を切る | 「ここまで来たら打ち切る」という目安は、病院で定められていますか |
| 犯罪に当たりうる言動の警察への通報 | 院内の通報手順(警備室・管理当直・事務長)は誰が判断しますか |
| 相談窓口 | 師長以外に、患者・家族対応を相談できる窓口はありますか |
| 悪質な場合の抑止(警告文、出入り禁止、仮処分の申立てなど) | 悪質な事例に対する病院の方針はありますか |
注意したいのは、病院が出入り禁止や診療の停止をすぐに選べるとは限らない点です。指針自体、措置を講じるときには各業法でサービス提供義務がある場合や、生命・心身の健康に重大な影響が及ぶ場合に留意するよう求めています。医師法第19条は、診療に従事する医師が診察治療を求められたとき、正当な事由なくこれを拒んではならないと定めています。「病院が動かない」と感じても、病院側に守るべき別の義務があって手順に時間をかけている場合があります。それでも、あなたを一人にしない、担当を調整する、といった職員を守る措置は取れるはずなので、遠慮せず求めてかまいません。
厚生労働省のQ&Aは、この法改正が事業主に措置を義務づけるもので、病院が患者さんに対して何かをする新たな法的な権利や権限を設けたものではないと整理しています。「法律ができたから患者を断れる」と考えると、病院との話がこじれるので、職員を守るための体制を整えてほしい、という形で求めると通りやすくなります。
暴力・脅しは110番、それ以外は報告と記録
殴る、蹴る、物を投げつける、「殺すぞ」と脅すといった行為は、刑法でいう暴行(第208条)、傷害(第204条)、脅迫(第222条)に当たりうる行為です。いま目の前で続いている、けがをした、相手が離れないといったときは110番に連絡し、同時に院内の応援を呼びます。急がないが警察に相談したいときの番号と受付時間、電話で伝える順番は職場で暴力・脅しを受けたら:110番と#9110、警察への相談の仕方にまとめてあります。
警察への相談は、あなた自身がしてもかまいません。院内に通報の手順があれば、その場では手順に沿って管理者に伝え、あとで被害届を出すかどうかを自分で考える流れになります。けがをしたときは受診して診断書や受診記録を残し、勤務中のけがなら、労災の手続きについても職場に確認します。
その日のうちに残す記録と、師長への報告文例
記録は、病院に措置を求めるときも、労働局に相談するときも土台になります。勤務後にできるだけ早く、次の項目をメモにします。
- 日時、場所(病室・廊下・面会室・電話)、その場にいた職員
- 言われたこと・されたことを、そのままの言葉で(要約しない)
- 自分の対応と、その後の相手の反応
- 上司や当直管理者に報告した時刻と、返事の内容
- けが・体調の変化(受診した日、診断名、休んだ日)
記録の書き方の型は、カスハラ被害を受けたときの対処やパワハラ記録のテンプレートの表をそのまま使えます。
文例(師長への報告):「本日21時ごろ、〇〇号室の患者さんのご家族から、点滴の時間のことで強い口調で責められ、30分ほど病室から離してもらえませんでした。『看護師のくせに』と言われ、スマートフォンで撮影もされました。記録を作成しましたので、今後の対応についてご相談させてください。」
文例(病院への依頼):「同じ方からの暴言がこの2週間で3回続いています。安全に看護を行うため、①この方への対応は2人で行う、②私が不在のときも他の職員が代われるよう方針を共有する、③病院としての対応方針を決める、の3点をお願いできないでしょうか。」
病院が動かないとき:労働局、労災、心の窓口
社内の相談で動いてもらえないときは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談できます。労働局長の助言・指導・勧告(第36条)や、紛争調整委員会の調停(第37条)という仕組みもあります。ただし、公立病院などで働く地方公務員の看護師は、この労働局の援助・調停の対象外です(同法第48条)。その場合の窓口は地方公務員のパワハラ:人事委員会・公平委員会への相談と措置要求の流れを確認してください。
カスハラによる心身の不調が重いときは、労災の対象になるかどうかも調べられます(カスハラは労災になる?)。眠れない、出勤前に涙が出るといった状態が続くなら、仕事がつらい・限界のときの相談先の窓口も使ってください。窓口の番号と時間の一覧はパワハラの相談窓口一覧にあります。
よくある質問
Q. 患者さんは具合が悪いのだから、暴言は仕方ないのでしょうか?
体調や不安が背景にある場合でも、職員の安全を守る必要はなくなりません。厚生労働省のカスハラ指針は、言動の内容と手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えているかで見ます。病気の症状としての言動かどうかは、医師や看護管理者と共有して別に対応を考える部分で、あなたが我慢して引き受ける話ではありません。
Q. 患者さんを担当から外してほしいと頼むのは、わがままでしょうか?
指針は、会社が被害者へ配慮する措置の例として、担当者の変更や複数人での対応、引き離しを挙げています。頼み方は「個人的に苦手」ではなく、「暴言が続き、安全に看護を行いにくい」という業務上の理由で、日時と言葉の記録を添えます。
Q. 家族のクレームが長時間続き、他の患者さんの対応ができません。
指針は、長時間の居座りや電話での拘束を手段・態様が許容範囲を超える例に挙げ、十分な説明をしてもなお繰り返しの要求が続くときに、一定の時間で対応を打ち切る対処を会社が定めておく例を示しています。一人で打ち切ろうとせず、その場で師長や当直管理者に代わってもらう形を取ります。
出典・参考にした公的な情報
- 労働施策総合推進法 第33条・第34条・第36条・第37条・第48条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- カスタマーハラスメントに関する指針(令和8年厚生労働省告示第51号)(厚生労働省)
- 職場におけるハラスメントの防止のために(カスハラ・就活セクハラ対策が全事業主の義務になった旨の案内)(厚生労働省)
- ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について(令和8年9月30日改訂・同年10月1日適用)(厚生労働省)
- 医師法 第19条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 刑法 第204条・第208条・第222条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。