パワハラ加害者として退職を迫られたら:応じる前に確かめること
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パワハラの加害者だとして「辞めてもらえないか」と言われた段階なら、それは退職勧奨で、応じる義務はありません。応じれば合意による退職となり、後から争う余地は狭くなります。まず「勧奨なのか、懲戒解雇の通知なのか」を確かめ、返事はその場でせずに持ち帰り、指摘された事実と自分の言い分を記録で整理してから決めましょう。この記事では、その順番と、相談先の使い分けをまとめます。
パワハラ加害者として退職を迫られたら、まず「勧奨か解雇か」を確かめる
会社から退職の話が出たとき、最初に確かめたいのは「何を言われたのか」です。同じ「辞めてほしい」でも、退職勧奨と解雇では、決める人も、後の争い方も違います。
厚生労働省のQ&Aは、理不尽な退職勧奨なら拒絶することもできたはずだとしたうえで、やむなく同意した以上は退職の効力が生じる、と説明しています。応じなければ退職にはなりません。一方、懲戒解雇は会社が一方的に雇用を終わらせる処分です。懲戒には就業規則で制裁の種類と程度を定めておくことが前提で(労働基準法89条)、行為の性質や態様に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない懲戒は無効とされます(労働契約法15条)。解雇としても、同じく合理的な理由と相当性を欠けば無効です(同16条)。
| 項目 | 退職勧奨に応じる | 懲戒解雇 | 自分から退職届を出す |
|---|---|---|---|
| 誰が決めるか | 本人が応じるかを決める | 会社が処分として決める | 本人が決める |
| 本人の同意 | 要る(合意退職) | 要らない | 本人の意思表示 |
| 有効性が問われる根拠 | 合意の過程(強迫・錯誤など) | 労働契約法15条・16条、就業規則 | 本人の意思表示として扱われる(強迫・錯誤などがあれば別) |
| 予告・手当 | 合意の内容による | 30日前の予告か予告手当(例外は労基署長の認定が必要) | なし |
| 離職理由(雇用保険) | 事業主からの退職勧奨による離職は特定受給資格者の範囲に入る(従来からある早期退職優遇制度への応募は除く) | 重責解雇と判断されると給付制限3か月 | 自己都合として扱われやすい |
面談で言われた内容があいまいなら、次のように聞いて、答えをメモに残しておきます。
文例:「確認させてください。今日のお話は、退職をお願いするもの(退職勧奨)でしょうか。それとも解雇の通知でしょうか。解雇であれば、理由を書面でいただけますか。」
「辞めないなら懲戒解雇にする」と言われた場合でも、その時点で決まっているのは退職の勧めだけです。処分が本当に検討されているのかは、就業規則のどの条文に当たるとされているのかを聞くと見えてきます。処分の段階や自宅待機の意味は、パワハラ加害者の処分の種類:懲戒の段階と自宅待機の意味で説明しています。
なお、パワハラ指針が「行為者に対する措置」の例として挙げているのは、就業規則などに基づく懲戒その他の措置、配置転換、謝罪などです。退職だけが会社の取れる対応ではない、という前提で話を聞くと、条件を落ち着いて比べやすくなります。
その場で返事をしない:応じる前に確かめる5つのこと
退職勧奨の面談では、回答を急かされることがあります。けれども、一度合意すると、取り消せる場面は限られます。厚生労働省のQ&Aによれば、合意の申し出が会社の決定権限を持つ人に届く前なら撤回できる可能性があり(最高裁昭和62年9月18日判決)、詐欺・強迫・錯誤があれば取り消せる可能性があります(民法95条・96条)。裏を返せば、それ以外の場合は合意が有効なまま残りやすいということです。
そこで、返事の前に次の5つを確かめます。
- 会社が認定した事実:いつ、誰に、どんな言動をしたとされているのか。日時と言葉の単位で聞く。
- 事実確認の手続き:自分は聴き取りを受けたか。言い分を述べる機会はあったか。指針は、会社が相談者と行為者の双方から事実を確認し、主張が食い違えば第三者からも聴くことなどを求めています。
- 就業規則の該当条文:懲戒の事由と種類、懲戒の手続き(弁明の機会の定めがあるか)。写しを求める。
- 退職の条件:退職日、退職金の扱い、残っている有給休暇、離職票に書かれる離職理由。条件の細かな確かめ方は退職勧奨に応じる前の条件チェックにまとめています。
- 回答の期限:いつまでに答えればよいか。期限が極端に短ければ、その理由も聞く。
その場では、次のように伝えて持ち帰ります。
文例:「お話の内容は理解しました。大事なことなので、今日は回答を控え、家族と相談したうえで〇月〇日までにお返事します。」
面談のあとは、その日のうちに内容をメールで確認しておくと、言った・言わないの食い違いを防げます。
文例(メール):「本日〇時からの面談で、△△部長より、私の言動がパワハラに当たるとして退職を勧められました。回答期限は〇月〇日と伺いました。判断のため、認定された事実の内容(日時・相手・言動)と、就業規則の該当条文を書面でいただけますでしょうか。」
面談そのものへの臨み方(録音・同席・持ち帰り)は退職勧奨の面談に臨むときの準備で詳しく扱っています。
弁明と証拠の整理:認める部分と争う部分を分ける
加害者だと言われたとき、「全部否定する」か「全部認めて辞める」かの二択で考えると、判断を誤りやすくなります。指摘の一つひとつについて、認める部分・違う部分・覚えがない部分を分けて書き出すのが、弁明の出発点です。
| 指摘された言動 | 自分の認識 | 裏づけになる記録 |
|---|---|---|
| 例:会議で部下を大声で叱った | 叱ったのは事実。時間と言葉が違う | 会議の議事録、出席者、当日のチャット |
| 例:仕事を与えなかった | 業務量を減らした理由がある | 業務分担表、面談記録、本人とのメール |
| 例:私生活について聞いた | 覚えがない | その日の勤務記録、同席者 |
整理するときは、指針が判断の要素として挙げる項目に沿って並べると、会社や相談先に伝わりやすくなります。指針は、言動の目的、相手の問題行動の有無や程度を含む経緯や状況、業務の内容、言動の態様・頻度・継続性、相手の心身の状況、行為者との関係性などを総合的に考慮するとしています。相手にミスがあったなら、その内容と、自分の伝え方の釣り合いが問われます。ここで大事なのは、自分に有利な記録だけでなく、不利な記録も手元に残しておくことです。メールやチャットを消すと、後で経緯を説明できなくなります。
身に覚えのない指摘への臨み方や、事実確認の場での言い分の伝え方は、パワハラの加害者にされたときの準備と言い分の伝え方で手順にしています。逆に、自分の言動に問題があったと受け止めている場合は、退職の前に改善の道を会社と話す選択もあります。変わるための具体策はパワハラ加害者の更生:言動を変えたい人のための方法にまとめました。
一点だけ注意があります。相談した人に直接連絡して事情を聞いたり、取り下げを頼んだりするのは避けてください。労働施策総合推進法31条2項は、相談したことや事実確認に協力したことを理由とする不利益な取扱いを事業主に禁じており、会社は相談者を守る立場にあります。直接の接触は、圧力や報復と受け取られるおそれがあります。謝罪の意思があるときは、先に会社の担当者へ伝え方を相談してください。謝罪を求める側の考え方は、パワハラ加害者に謝罪してほしいとき:求め方と会社の措置の関係に書かれているので、相手の立場を知る参考になります。
解雇と言われたとき・辞めた後に関わる書類と失業保険
懲戒解雇と言われた場合は、手続きの面でも確かめることがあります。労働基準法20条は、解雇の少なくとも30日前の予告か、30日分以上の平均賃金(予告手当)の支払いを求めています。労働者の責めに帰すべき事由による解雇はこの例外になり得ますが、労働基準監督署長の認定を受けることが条件です。また、解雇の理由は証明書で請求でき、会社は遅滞なく交付しなければなりません(同22条)。請求の文例は解雇理由証明書の請求方法に載せています。普通解雇との違いは懲戒解雇と言われたら:普通解雇との違いで整理しています。
辞め方は、失業保険(雇用保険の基本手当)にも響きます。
| 辞め方 | 雇用保険での扱いの目安 |
|---|---|
| 退職勧奨に応じた | 「事業主から直接若しくは間接に退職するよう勧奨を受けたこと」による離職は、特定受給資格者の範囲に入る(給付制限なし) |
| 自分から退職届を出した(正当な理由なし) | 給付制限あり。離職日が2025年4月1日以降は原則1か月 |
| 自己の責めに帰すべき重大な理由で解雇された(重責解雇) | 給付制限3か月 |
どれに当たるかを判断するのはハローワークです。勧奨されて辞めたのに離職票が「一身上の都合」になっていたら、ハローワークで異議を述べ、事実を確認してもらえます。そのためにも、勧奨を受けた日時・相手・言葉の記録と、面談後の確認メールが役に立ちます。違いの全体像は解雇・退職勧奨・自己都合退職の違いで比べています。
相談先:総合労働相談コーナーと弁護士の使い分け
加害者とされた側でも、社外で相談できます。都道府県労働局の総合労働相談コーナーは、労働者・事業主のどちらからの相談も受け付け、無料で、予約なしで利用できます。退職勧奨や解雇をめぐる争いは「個別労働紛争」として、労働局長の助言・指導や、紛争調整委員会のあっせんの対象になります。あっせんは非公開で、原則として双方が別室で待ち、顔を合わせずに進みますが、相手が参加しなければ打ち切られ、あっせん案を受け入れるかどうかも自由です。
| したいこと | 向いている相談先 |
|---|---|
| 勧奨や処分の手続きが普通か、一般的な説明を聞きたい | 総合労働相談コーナーの使い方 |
| 会社との話し合いを第三者に仲立ちしてほしい | 労働局のあっせん(総合労働相談コーナーで申込み) |
| 処分が重すぎないか、合意の条件をどう考えるか判断してほしい | 労働問題を扱う弁護士 |
| 会社との交渉や手続きを任せたい | 弁護士(代理を頼めるのは弁護士) |
処分が重すぎるか、提示された条件で合意してよいかといった個別の判断は、弁護士の領域です。収入や資産が一定以下なら、法テラスの無料法律相談を使える場合があります。選び方はパワハラを弁護士に相談するときの選び方、持っていく資料はパワハラを弁護士に相談する前の準備で確かめてください。窓口の電話番号と受付時間はパワハラの相談窓口一覧にまとめています。
退職するかどうかは、事実の整理と相談を済ませてから決めても遅くありません。管理職として、これからの指導の仕方に迷っている人は、パワハラが怖くて指導できない管理職へも読んでみてください。
よくある質問
Q. 退職勧奨を断ったら、懲戒解雇にされてしまいますか?
退職勧奨は「辞めてはどうか」という働きかけで、応じるかどうかは本人が決めます。断ったことと、懲戒解雇ができるかどうかは別の問題です。懲戒解雇には就業規則の根拠が要り、行為の性質や態様に照らして客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を欠けば無効とされます(労働契約法15条)。断るか迷う段階で、処分の見通しを弁護士に聞いておくと判断しやすくなります。
Q. 勧められるまま退職届を出してしまいました。取り消せますか?
厚生労働省のQ&Aは、退職の合意の申し出が会社の決定権限を持つ人に届く前なら撤回できる可能性があり、詐欺・強迫・錯誤があれば取り消せる可能性があると説明しています。時間がたつほど難しくなるので、提出した日・相手・その場で言われた言葉をすぐ書き出し、総合労働相談コーナーか弁護士に早めに相談してください。
Q. 相手に直接謝れば、退職しなくて済みますか?
謝罪で処分が決まるわけではありません。処分は会社が就業規則に沿って判断します。相談した人に直接連絡すると、圧力や報復と受け取られるおそれがあります。謝罪の意思があるときは、まず会社の担当者に伝え方を相談してください。
出典・参考にした公的な情報
- 確かめよう労働条件 Q&A「退職勧奨に応じた後の撤回・離職理由」(厚生労働省)
- 労働契約法 第15条・第16条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働基準法 第20条・第22条・第89条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 事業主が講ずべきハラスメント対策パンフレット(パワハラ指針 令和8年10月1日適用時点の本文を収録)(厚生労働省)
- 特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲(ハローワーク(厚生労働省))
- 令和7年4月からの自己都合離職者の給付制限の見直し(厚生労働省)
- 個別労働紛争解決制度(総合労働相談・助言指導・あっせん)(厚生労働省)
- 労働施策総合推進法 第31条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働トラブルの相談(法テラス)(日本司法支援センター)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。